新しい夫と一緒になるため、やっと離婚を成立させたと思ったら、なんと妊娠がわかった…。喜ばしいことですが、ここに実は問題があります。このような場合、生まれた子どもは前夫の戸籍に入ってしまうのです。
これは、民法722条による「父性の推定」によるものです。法律は、父親が誰であるかわからないことのないように、出生時期によって前夫を父親にすると定めているのです。これはいわゆる「300日問題」というものです。
知っているようでよく知らない「300日問題」とはいったい何なのでしょうか。また、生まれてくる子どもを新しい夫の戸籍に入れるために、どのような手段をとればよいのでしょうか。
300日問題とは
300日問題とは、「離婚後300日以内に生まれた子どもは、実際の父親が誰であるかにかかわらず、前夫の子として戸籍に入る」という問題をいいます。離婚が長引き、離婚成立後すぐに新しい夫の子どもを出産した場合にも、子どもは全夫の子どもと推定されてしまうのです。
なぜこのような問題が生じてしまうのかというと、これは民法772条2項の規定があることに起因します。
民法772条
① 妻が婚姻中懐胎した子は、夫の子と推定する。
② 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
もっとも、この規定では前夫の子と「推定する」と定められています。そのため、推定を覆すことができれば、戸籍上の父を変更することが可能なのです。
「無国籍児」という問題
離婚後子どもを生んだ人の中には、「絶対に子どもを前夫の戸籍にはいれたくない」と考える人がいます。戸籍上の父を変更する方法があるといっても、確実ではありませんし、相手の協力がなければ変更できないこともあるからです。
では、このような人はどうするのでしょうか?出生届を出さないのです。これにより、子どもを前夫の戸籍に入れないことが可能になります。しかし一方で、出生届を出さないということは、「子どもの戸籍がない」ということをも意味します。これこそが、無国籍児の実体なのです。
無国籍児は、日本国民として登録されていない状態です。ですから、保険証を発行することもできませんし、学校に通うこともできません。
このように、出生届を出さないことは子どもに重いハンディを負わせることになります。事情はどうあれ、出生届は必ず出しましょう。
実父を法的にその子の父親にするには
1. 離婚後懐胎の証明
実父を法的にその父親にする方法としてもっとも簡単なのが、「懐胎時期に関する証明書」を出生届に添付する方法です。この証明書は医師による診断書で、子どもを妊娠したと考えられるもっとも早い時期が、離婚より後の時期であることを証明する書類になります。
証明書を添付した出生届が受理されると、戸籍の父親欄には、実父の名前が記載されます。ただし、子どもの身分事項欄には「民法第772条の推定が及ばない」という説明が加えられることになります。
2. 嫡出否認調停
子どもの出生届を提出し、前夫が戸籍上の父親となってしまった場合には「嫡出否認調停」を行う必要があります。これは、前夫の側から「子の子どもは自分の子ではない」と否定する調停手続きになります。
この手続きを使う際には、ふたつの注意点があります。まず、嫡出否認の調停は、母からは申し立てられないという点です。この制度はあくまで、父から親子関係を否認するものになりますので、申立人は「(前)夫」に限られているのです。
次に、嫡出否認の調停を申し立てられる期間が短いことにも注意しましょう。この申立てが認められるのは、子どもが生まれてから1年未満になります。
3. 親子関係不存在確認調停
嫡出否認調停ができる期間をすぎてしまうと、残る手段は「実親子関係不存在確認調停」のみになります。これは嫡出否認同様、子どもが前夫の子どもであることを否認する調停になります。
もっとも、実親子関係不存在調停は嫡出否認調停と異なり、前夫以外の者も申立てをすることができます。母や子ども自身、ほかにも利害関係がある人であれば誰でも申立て可能です。
また、申立ての期間についても特に制限がなされていません。前夫が死亡した後でも申立てをすることができます。
ただし、実親子関係不存在確認ができるケースが制限されているため、注意する必要があります。離婚後300日以内に生まれた場合であっても、前夫の子である可能性が全くないといえなければ、この調停は起こすことができないのです。例えば、妊娠した時期に前夫が海外出張に行っていた場合や、刑務所に入っていた場合などがこれにあたります。
つまり、離婚後300日以内に生まれ、前夫の子である可能性が残っている場合には、この方法はとることができないのです。実親子関係不存在確認は、このような制限があるために意外と使いづらい制度となっています。
4. 認知調停
前夫の子でないことが確定したら、最後に現夫との間で認知調停を起こしましょう。これは、子どもを新しい夫の戸籍に入れるための調停になります。
認知調停はいつでもすることが可能であり、これが確定すると、出生時から現夫の子であったことになります。
再婚禁止期間に注意
離婚後にすぐ子どもを産む場合、再婚禁止期間があることにも注意しましょう。ここで、再婚禁止期間とは、再婚が禁止される期間のことをいいます。これは女性だけに課されたとき別の制限です。
しかし、どうして女性だけにこのような制限があるのでしょうか。この点、再婚禁止期間は民法722条同様、生まれてくる子どもの父親が誰であるかを明確にするために設けられた規定です。離婚をしてすぐに再婚をすると、その間にできた子どもは誰の子どもかわからなくなってしまいますね。そこで、再婚までに一定の期間を設けることで、父親を確定させようとしたのです。
そのため、従来は再婚禁止期間を300日と規定していました。しかし、DNA鑑定などの医療が発達した現在において、そこまで長く再婚期間を設ける意味はありません。そこで、2015年に決最高裁判所は、再婚禁止期間のうち、100日を超える部分は違憲であるとの判決を下しました。
これを受け、2016年6月7日に改正民法が公布・施行されました。具体的な条文は以下のとおりです。
民法733条(再婚禁止期間)
1 女は,前婚の解消又は取消しの日から起算して100日を経過した後でなければ,再婚をすることができない。
2 前項の規定は,次に掲げる場合には,適用しない。
一 女が前婚の解消又は取消しの時に懐胎していなかった場合
二 女が前婚の解消又は取消しの後に出産した場合
新しい規定によれば、判例によって示されたとおり、再婚禁止期間は100日とされています。また、同時に再婚禁止期間に再婚できる要件も付け加えられました。新しい733条2項によれば、離婚時に妊娠していない場合か、もしくは離婚後に出産した場合には、再婚禁止期間にかかわらず新しい夫と結婚をすることができます。
まとめ―出生届を提出する前から行動を起こす
子どもの戸籍上の父親を変更するには、出生届を提出する前から行動を起こすことが大切です。「懐胎時期に関する証明書」の提出、嫡出否認調停、実親子関係不存在調停と、手続きがどんどん煩雑になっていくからです。また、手続きがすすむにつれ、父性の否認が認められるケースも狭まっていきます。
出産前、出産直後は何かと忙しい時期ですが、子どもの一生の問題ですので、早めに行動するようにしましょう。
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