離婚の際、慰謝料や養育費について、今後きちんと支払ってくれるか心配、という不安は多くの方が抱いていることと思います。特に話し合いの際にたくさん揉めてようやくまとまった場合などは、今後支払いの約束を守ってくれるかどうか、気がかりですよね。今回は、そんな不安に対処してくれる公正証書の作成について、ご説明します。
公正証書を作成する理由は?
公正証書とは、法律の専門家である公証人が、当事者の依頼に応じて、民事上の約束・契約などについて公証人法・民法などの法律に従って作成する公文書です(公証人法1条)。公正証書の作成が推奨されているのは、次のようなメリットがあるためです。
1.強制力が強いこと
公正証書を作成していなかった場合、金銭の貸借や養育費の支払など金銭の支払を内容とする契約について、債務者が支払をしないときに強制執行をして金銭を取り立てるためには、裁判を提起して裁判所の判決等を得なければいけません。しかし、執行受諾文言付きの公正証書を作成しておけば、債務者が金銭債務の支払を怠ったときに、すぐ強制執行手続に入ることができます。
2.高い証明力を有すること
仮に、相手方配偶者が後になって離婚の合意や養育費等の支払義務の存在について裁判で争ってきた場合、自らが主張する権利を裁判官に認めてもらうには、その根拠となる証拠を提出する必要があります。そして、証拠が文書である場合、その文書が信頼性の高い文書であるかどうかが重要となります(これを証明力といいます。)。
例えば、夫婦間で作成された合意書や念書等の私文書は、後から偽造することも可能であり、その文書が本当に夫婦間の合意に基づき作成されたか疑問を挟む余地があり、証明力が必ずしも高いとはいえません。他方で、公正証書は当事者の依頼に基づき公証人が作成したものであることは確実であり、高い証明力を有するといえます。
3.内容が正確・安全であること
作成された公正証書は、原本を公証役場で原則20年間保管します。公正証書の控えを紛失した場合でも、効力が失われることはありませんし、その写しの再交付を受けることも可能です。また、公証人は、公正証書の作成にあたって、内容に違法な点がないかどうかをチェックします。そのため、あとから作成した内容が違法で無効になる、といったトラブルは起こりません。
公正証書に記載すべき必要事項について
公証人が作成する離婚に関する公正証書を離婚給付等契約公正証書といいます。この公正証書には、下記の内容が条項として記載されるのが一般的です。
1.離婚を合意した事実
離婚は夫婦間の合意によって成立するので、合意の事実を記載する必要があります。
2.親権者と監護者の指定
親権者は、子供の監護教育をする権利義務があり(民法820条)、協議上の離婚をする場合、父母の一方を親権者として定めなければなりません(民法819条1項)。もっとも、親権者とは別に監護者を指定した場合(民法766条1項)、監護者が子どもの監護教育を担うことになるので、公正証書においてもこれらの事項を明確にしておく必要があります。
3.婚姻費用
夫婦は、婚姻生活を継続するために双方が負担すべき費用(これを婚姻費用といいます。)を分担しなければなりません(民法760条)。例えば、夫には収入があり、妻が専業主婦である場合など、夫婦間で収入差があり、このような夫婦が別居期間を経た上で離婚する場合には、妻は、夫に対し、別居期間中の婚姻費用を請求することができます。協議離婚をする場合にも、婚姻費用について問題となることがありますので、離婚前に別居期間がある場合には、夫婦間で婚姻費用について話し合いをし、婚姻費用の額、支払方法、支払期限等を公正証書上で明確にしておくとよいでしょう。
4.養育費
夫婦は、離婚後も子どもが経済的に自立するまでの間、その監護に係る費用(民法766条1項)を負担しなければならず、公正証書においても、養育費の支払義務の有無、金額、支払期間、支払方法について記載する必要があります。
5.離婚慰謝料
もし、一方配偶者が浮気やDVをしたことが原因となって離婚せざるを得なくなった場合、他方配偶者は、離婚の原因を生じさせた配偶者(有責配偶者といいます。)に対し、その精神的苦痛に関する慰謝料を請求することができます。このようなケースの場合には、公正証書において、慰謝料の支払義務の有無、金額、支払期限、支払方法について記載し、一回的に解決することが望ましいでしょう。
6.財産分与
協議離婚をする場合、一方配偶者は、他方配偶者に対し、婚姻中に夫婦の協力によって形成された財産の分与を請求することができます(民法768条1項)。公正証書では、財産分与対象の財産、財産分与の譲渡対象、支払回数、期限などについて記載する必要があります。
7.年金分割
協議離婚をする場合、当事者の一方からの請求により、婚姻期間中の厚生年金等を当事者間で分割することができるので、これについても夫婦間で合意した場合には、公正証書にその旨を記載しておきましょう。
8.子どもとの面会交流
面会交流とは,離婚後に子どもを養育・監護していない方の親が子どもと面会等を行うことをいいます。離婚を協議する際に、面会交流の具体的な日時・頻度、1回あたりの面会時間、面会方法等について合意をした場合には、これらの事項を公正証書に記載しておきましょう。
9.住所等の通知義務
以上で定めた養育費、財産分与等の金銭の支払、子どもとの面会交流等を円滑に行うために、双方の住所や勤務先が変更された場合に相手方に通知すべき義務があることを公正証書にも記載しておきましょう。
10.清算条項
清算条項とは、夫婦間には、公正証書に定めた権利関係のほか、何らの債権債務がない旨を双方で確認する条項であり、公正証書作成後に当事者の一方が紛争を蒸し返すことがないように定めておく必要があります。もっとも、公正証書の作成後に、何らかの事情の変更等があった場合に、その変更を一切しないという効果までを持つものではありません。
11.強制執行認諾条項
後述するように、公正証書によって合意をした場合であっても、当事者が合意を守らず、養育費等の支払が滞る場合があります。このような場合、公正証書に基づき支払義務のある当事者に対し、強制執行をすることができますが、公正証書には強制執行認諾条項がなければ強制執行をすることができませんので、忘れずに記載しておくようにしましょう。
公正証書作成の手続について
まず、公証役場に電話する等して、準備するものを聞き、面接日の日程を調整して、決定します。面接までの間に、公証人へ作成する文面の内容、関連資料等を準備しておきましょう。
面接日に公証役場に出向き、公正証書の作成を依頼し、用意した書類を提出します。公証人からは公正証書の内容等に関して質問がなされますで、それに答えます。後日、公証人から公正証書原案が送られてきたら、内容が合っているか、誤記はないかを確認します。
公正証書の最終稿が確定した後、作成日の日程を決定します。作成日に関係者が公証役場に集まり、その原案に基づき作成作業(署名・押印)を行います。手数料を支払い、公正証書正本・謄本などの交付を受けます。
公正証書作成の際に必要な書類について
持参すべき必要書類は、証書の内容にしようとする文書の案と、本人確認ができる資料です。登記簿謄本や印鑑証明書は、作成時において発行日から3ヶ月以内のものが必要です。
当事者本人が役場へ行く場合は、下記4つのうちいずれかを持っていく必要があります。
1.運転免許証と認印
2.パスポートと認印
3.住民基本台帳カード(顔写真付き)と認印
4.印鑑証明書と実印
代理人が役場に行く場合は、下記3つの全てを持参する必要があります。
1.本人作成の委任状
委任状には本人の実印を押します。委任状には、契約内容が記載されていることが必要です。
2.本人の印鑑証明書
本人の印鑑証明書は、委任状に押された印が実印であることを示すものです。
3.代理人自身の下記のうちのいずれかが必要です。
・運転免許証と認印
・パスポートと認印
・住民基本台帳カード(顔写真付き)と認印
・印鑑証明書と実印
公正証書を専門家に依頼する必要性
前述のとおり、公証人は内容に違法な点がないかどうかをチェックして公正証書を作成してくれますが、中立的な立場であるため、どちらかに有利または不利になるような助言等はできません。
できれば専門家に相談し、あらかじめ法的にきちんと構成された公正証書原案を持って行くことをお勧めします。内容に不備があったり、明らかでない部分があったりすると、公証人から質問を受けながら内容を詰めていくことになるのですが、相手方に都合の良い内容の公正証書が作成されてしまったり、内容がまとまらずに出頭を繰り返して作成手続きがなかなか進まなくなってしまったりする可能性もあります。
また、公正証書の中に記載する養育費や慰謝料、財産分与、年金分割等については専門的な知識が必要ですので、専門家の力を借りた方が間違いがありません。
公正証書による強制執行をする場合に必要な手続について
強制執行の申立てには、次の要件が必要になります。
1.債務名義の付与
強制執行には、債務名義が付与される必要があります。公正証書は「執行証書」であれば、債務名義が認められます。
「執行証書」とは、次の2つの条件を満たしたものをいいます。
・金銭の一定の額の支払を目的とする債権について作成された公正証書であること。
・その公正証書に、債務者が公正証書正本に記載された債務を履行しない場合は,直ちに強制執行に服するという内容の文言(執行認諾文言)が記載されていること。
2.公正証書の送達
強制執行をするためには、公正証書を、あらかじめ債務者に送達しておかなければなりません。「送達」とは、法律の定める方法により、公証人から債務者等に対し、公正証書の謄本を送付・到達させることをいい、相手が公正証書の謄本を事実上所持しているだけでは送達したことにはなりません。
送達の方法には、公証人が債権者からの送達申立てを受けて、郵便局に付託して送達を行う特別送達と、公正証書作成の際に債務者本人が公証役場に出向いた際に、公証人が直接債務者本人に対し、公正証書の謄本を交付する方法で行う交付送達があります。交付送達が行われた場合には、その場で送達証明書を受領しておくと良いでしょう。
3.執行文の付与
執行文は、債務名義に記載された債権者と債務者の間に請求権が存在し、強制執行ができる状態であることを公に証明する文言です。債権者から公証人に対する申立てを行うことにより、付与されます。
執行文の付与は、公正証書正本の末尾などに、「債権者は,債務者に対し,この公正証書によって強制執行をすることができる。」旨を付与する方法によって行われます。
公正証書による強制執行をする場合に必要な書類について
強制執行の申立てをするに当たり、裁判所に提出すべき書類は次のとおりです。
1.公正証書正本
2.執行文
3.送達証明書
4.戸籍謄本(全部事項証明書)等
5.住民票,戸籍附票
6.代表者事項証明書
以上のとおり、公正証書を作成するにはお金と時間を要することになりますが、相手方が慰謝料や養育費を支払ってくれない場合に、すぐに給与等から直接取り立てることができ、踏み倒されるリスクを減らすことができます。
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